名建築

宮崎の大地とつながる
あたたかく柔かな一枚の大屋根

KUROKIRI STUDIUM/宮崎県山之口陸上競技場
新宮崎県陸上競技場建設主体工事(1工区)

KUROKIRI STADIUM(宮崎県山之口陸上競技場)

上空から。KUROKIRI STUDIUM 楕円や球体で構成された「角」がほぼない競技場。柔らかく人を誘うような動線、スタジアムの臨場感を考えた計画

株式会社佐藤総合計画

設計 チーフアーキテクト

大野 竜也

山之口の景観になじむ、大地とつなぐ

南九州の中心部に位置し、宮崎空港からも鹿児島空港からもアクセスの良い宮崎県都城市。宮崎自動車道の都城ICから約4.5kmの距離にある「山之口」に新しい陸上競技場が完成しました。

2019年、この場所を令和9(2027)年に開催される第81回国民スポーツ大会、第26回全国障害者スポーツ大会の開閉会式メイン会場として整備することになり、競技場のプロポーザルが行われました。もともと運動公園があって、山あり谷ありの地に野球場や多目的グラウンドなどがあった場所です。

初めて訪れたとき、「本当にここに陸上競技場ができるのか」と思うほどの高低差(約20m)がある場所でした。競技場ですし、バリアフリーを考えると、どうしてもフラットに造成しなければならない。けれどもこの起伏のある大地の造形を、この場所の持つアイデンティティとして、大地と建築をつなぐようなものをどうにかつくりたいと思ったのがスタートです。

日本のひなた、日出る国のスタジアム

2019年2月に描いたスケッチでは、大地とつながる山のような、丘のような、そして宮崎は日差しが強いので、観客を日差しから守るように包み込む姿を表しました。観客席は、包み込まれることによって、観客が一体となり、高揚感も増すような空間です。その上部に軽い球面の屋根がかかることで、山之口の景観にもなじむ競技場ができると考えました。

宮崎は、「日出ずる国」として神話にも登場し、県として、晴れが多く温暖な気候を「日本のひなた」とブランディングしています。「ひなた」は漢字で書くと「日向」。このスタジアムの観客席は、日の出の方向に向いています。

競技場の設計では、敷地の条件上、やむを得ない場合は芯を振ることもありますが、基本的に南北軸が長手方向となり、必然的にメインスタンドは西側になります。まさに「日出ずる」方向に向いているのですね。そこで、「日出る国の大地から昇る太陽」もイメージに重なりました。それらを一枚の屋根で表現したい。大地からのぼるような階段、大地からつながる丘のようなスタンド、その丘にふわっと屋根がかかる。実際、壁がめくれるように庇に変わっていくのです。徹底して「大地をつないでいく」ディテール、納まりを考えました。

そして階段から球体の中にすーっと入っていくような感じ、ここでしかできない体験ができるようなスタジアムをつくりたい、そういう高揚感を形にするようチームみんなで検討を重ねました。

メインスタンド観客席

メインスタンド観客席

霧島酒造スポーツランド都城(都城市山之口運動公園)

霧島酒造スポーツランド都城(都城市山之口運動公園)

軒樋の着地点と集水枡

軒樋の着地点と集水枡

R-T工法とブラスト加工

近くに新燃岳(しんもえだけ)という火山があるので、技術的な側面からも、降灰の影響を考慮しなければなりませんでした。これだけ大きな屋根だと、どうしてもメンテナンスが大変です。降灰で詰まりやすいドレンを少なくすることができないかと検討しました。メンテナンスがしやすい場所に水や灰を落とすことができれば一番合理的なので、樋を4か所の地盤面に着地させることを考えました。そうすると包み込まれた空間もできるし、さらに大地とつながる日の出のコンセプトにも合い、いろいろな課題が解決できます。

屋根は、楕円球体を曲線状に切ったような計画です。それを一枚の屋根としてどうやって実現するか。三晃金属工業さんの深谷製作所にも何度かうかがい、製作された実物大のモックアップを見て、改めて非常に難しいことをお願いしたのだと実感しました。

屋根も樋も、図面で描いても、実際に現場で寸法が微妙に合わなかったりするのです。施工図を描いていただくのも、施工していただくのも、みんな二人三脚で時間をかけてコミュニケーションをとりました。三晃金属工業さんには、難しい工事への課題を一つずつ解決していただき、一緒に一歩ずつ前に進んでいった感じでしょうか。

楕円球体の屋根は、棟から軒先まで30〜40メートルの鋼板ですが、これを継ぎ目がなく一枚でつくれるR-T工法もこの競技場のコンセプトに合致していました。

当初は「膜」の選択肢もありましたが、この曲面に貼れて、耐久性があり、降灰に対してもメンテナンスがしやすい材料ということでステンレス防水屋根になりました。一方で、光の反射を懸念していましたが、提案いただいたのが反射を抑えるブラスト加工です。製作所でブラスト加工しているものとしていないものを見せていただきましたが、西日が当たった時の眩しさの低減は一目瞭然で、提案としても、とてもありがたかったです。

「スポーツランド宮崎」の想いを形に

宮崎県は「スポーツランド宮崎」として、スポーツキャンプの誘致や生涯スポーツの推進などに力を入れています。プロもアマチュアも含めて、スポーツでみんなの健康寿命を伸ばすことまで考えられていましたので、単純に国民スポーツ大会の会場にすることがゴールではないと思いました。

いかにみんなが気軽に立ち寄れるか、愛着を持って使い続けてもらえるか。このような考えのもと、できるだけ「まちにひらく競技場」を計画しました。競技場の設計というより、ランドスケープ的な視点で立体的な公園空間をつくる。その中にたまたまプロスポーツのできるフィールドや観客席があるという趣向でつくっていて、それが今回の計画の特徴的なところだと思います。

ジョギングでもウォーキングでも普段使いの人が、この景色を見て、「あっ、私も走ろうかな」「参加しようかな」となっていただけたら、なおいいですね。

設計当初に、県の陸上の関係者の方から「これまでは“選手ファースト”の競技場が多かったけれど、これからは、もっと観客の視点を重視した“魅せる競技場”をつくらなければいけない」というお話もいただきました。このように、スポーツに対しての未来を見据えたビジョンやプライドを宮崎の方からは感じることが多かったです。このバトンを受け取り設計を行ったわけですが、県の方、施工の方々、みなさんにもこの熱い想いを共有していただいたことにも感謝したいですね。

この競技場を訪れた方の記憶の一部として、「あそこで走ったね」や「走っている友だちを見に行ったね」でもいい。その背景として、この屋根が少しでも記憶に残って登場してくれると嬉しいです。

サイドスタンド(北)車椅子席からメインスタンドの眺め

サイドスタンド(北)車椅子席からメインスタンドの眺め

施工に携わって
三晃金属工業㈱ 九州支店

KUROKIRI STUDIUMでは、全国で初の試みとなる「テーパーキャンバー加工」による屋根材成型を実施しました。

大きな一枚の大屋根を実現するために、新たに取り組んだテーパーキャンバー加工は、まず長方形の材料から両方耳を切って台形にします(テーパー加工)。それをリブロール機という機械に通して、台形のものを斜めに曲げていく(キャンバー加工)。これらのテーパーとキャンバーを合わせてテーパーキャンバー加工と呼んでいます。

最終的には予定の期日までに完成したのですが、雨の日が多く、工程通りに進めることが困難な天候でした。特殊な加工でしたので、加工した屋根材の搬入がスムーズにできるよう、当社の深谷製作所との調整も、工程に合うよう行うのが厳しいこともありました。

施工は、屋根よりもまず「軒樋をどうやって取り付けるか」がスタートでした。施工の前に、現場で実測して、樋を何パターンかつくって検討しました。樋と集水枡は、図面上では3次元で綺麗にできているのですが、実際の空間で、樋をどうやって納めるかは難しい。かなり悩み、何度も検討を重ね、作業前から自主的に集まって図面を確認する。みなで考え、コミュニケーションをとり、イメージする。そして現場を理解して施工する。そういうことができた幸せなプロジェクトだったと思います。

現場は、高所で急勾配だったので、とくに安全に関しては妥協せず、ウインチと安全ロープは少しでも気になるところがあれば、必ず確認。朝はもちろん、気になったら作業を止めてでも確認することは、全員で徹底しました。

ほとんどが曲面の、自由曲面屋根を完成させるために、新たな試みと技術が詰まった難しい現場でしたが、事故なく、無事に完成したことが何よりです。 

軒樋の取り付け。直線のない軒は事前に何度も実測を重ねても納めが難しい

軒樋の取り付け。直線のない軒は事前に何度も実測を重ねても納めが難しい

樋の着地点近くの施工。急勾配での溶接

樋の着地点近くの施工。急勾配での溶接

樋と集水枡の着地点。深谷製作所で耐性の実験

樋と集水枡の着地点。深谷製作所で耐性の実験

寸法の違うキャンバーを施したものを合わせながら割り付けをする

寸法の違うキャンバーを施したものを合わせながら割り付けをする

急勾配の現場。ほぼ垂直のような場所もあり、安全には細心の注意をはらう

急勾配の現場。ほぼ垂直のような場所もあり、安全には細心の注意をはらう

深谷製作所から届くコイル。現場を実測してから発注(オーダー)する

深谷製作所から届くコイル。現場を実測してから発注(オーダー)する

テーパー成型機。テーパー加工のための成型機。経験と感覚を頼りに微妙な誤差を調整する

テーパー成型機。テーパー加工のための成型機。経験と感覚を頼りに微妙な誤差を調整する

建築概要

工事名 新宮崎県陸上競技場建設主体工事 (1工区)
所在地 宮崎県都城市山之口町花木2381-4
事業主体 宮崎県
敷地面積 約24ha(運動公園全体)
建築面積 14,741㎡
延床面積 22,809㎡
構造規模 RC造一部S造 地上4階
屋根仕様 R-T工法
フェライト系ステンレス鋼板(ブラスト加工)
t=0.4mm 6,089㎡
設計·監理 佐藤・益田建築設計・工事監理業務共同企業体
施工 清水・都北・下森特定建設工事共同企業体
竣工 2024年12月(2025年4月オープン)