FOCUS ON ARCHITECTS

風景や複雑な状況を受け止め、
使う人が過ごしやすい空間をつくる
乾久美子さん
(乾久美子建築設計事務所)

住宅や商業施設をはじめ、東日本大震災では復興住宅などにかかわり、その後も複合施設や福祉施設の設計を行い、延岡駅周辺整備プロジェクトでは日本建築学会賞を受賞された乾さん。今年は横浜美術館の空間構築と、多彩な建築を柔軟につくり続けています。さまざまなプロジェクトが進むなか、建築についての考えをおうかがいしました。

原田真宏さん 原田麻魚さん(マウントフジアーキテクツスタジオ)

——事務所設立前の経験や設立のきっかけを教えてください。

青木淳建築計画事務所に入ったのが1996年です。大学を出たばかりの20代でいきなり現場にも行ったので、失敗したり怒られることもありました。青木さんのもとでは、最初から最後まで自分の裁量で建築をつくることを経験させていただきました。公共建築と住宅建築を一通り担当した2000年、藝大で助手になったタイミングで独立しました。最初は建築の仕事がなかなか入らず、内装や外装の仕事が3、4年続きましたね。

——「宮島口旅客ターミナル」は開放的な建築ですが、どのような考えでつくられたのでしょう。

世界遺産である宮島には宮島口からフェリーで渡航しないと行けません。ほとんどの人が宮島口に車を停めて宮島に渡るので駐車場が多く、宮島口の商店街に滞在する雰囲気はありませんでした。宮島口での滞留時間を長くしたいという考えのもとに、いろいろなプロジェクトが2007年頃から始まり、まちづくりの基本計画が徐々につくられました。

それを踏まえて「宮島口旅客ターミナル」のプロポーザルが2016年に行われました。基本計画で設定された、商店街を大切にすることや和の雰囲気などを読み解き、箱形ではない開放的な建築で、2枚の勾配屋根を架けるデザインにまとめました。屋根の下には商店街の店舗と同じくらいのハコ(店舗、事務所)を点在させることで、フェリーターミナルと街が一体的に感じられるようなエリアをつくりました。

商店街やJR側から来る人を平入り屋根で迎える軸に加え、護岸沿いに設定された海辺の回遊軸を建物内に通すことで、2つの動線を引き込んでいます。

この後に策定された景観ガイドラインでは、周辺建物に勾配屋根が推奨されることになり、私たちの意図がバトンタッチしていく状況が生まれています。

宮島口旅客ターミナル(2020)

宮島口旅客ターミナル(2020)

Photo:Shinkenchiku-sha

——「京都市立芸術大学・美術工芸高等学校」は、京都の歴史や都市を読み解きながら設計されました。

私の事務所を含め5社の設計JVを組み、さらに地域のリサーチをするチームと構造・設備のコンサルでチーム編成しました。設計においては棟ごとに設計者を決め、個性を主張するのではなく一体感を出すことを目指しました。

京都の街はかつての条坊制により碁盤の目のように通りが整備されていますが、少しずつ変化しながら維持されています。以前は巨大だった通りが、宅地化や農地化で道が狭くなったり、逆になにもなかったところに道が追加されたりしています。そのような変化のように、私たちも明快な通りをつくりながら、設計の中で変格活用させて自分たちがつくった都市計画を崩すように設計しています。

「京都市立芸術大学・美術工芸高等学校」の敷地は3.4haと広いですが、河原町通りと須原通りによって3つの敷地に分かれています。そこでキャンパスの一体感をつくる軸となるように、半屋外空間の大きな軒下(アンブレラフリー動線)を確保できるようにしました。京町家に見られる軒下の概念を取り入れています。最も大きな敷地は100×100mと広いので、4棟に分けました。それでもまだ大きいと感じたので、奥庭と呼ぶ空間を真ん中に抜いて、使いやすい大きさにすると同時に、京都の町家の奥庭を建物に取り込みました。

プロポーザル段階では反った屋根は設定していませんでした。しかし広大な敷地にある建物に、バラバラの形状の屋根を載せてもまとまったデザインにならず、基本設計の段階で屋根を見直し、どのような屋根がふさわしいか何度も模型をつくって検討しました。結果として、京都の神社・仏閣の屋根に見られる、折れ、むくり、反りを自由に組み合わせることで、巨大な屋根を一連のものとして見ることができ、京都の風景の中でもおさまりが良くなると考えました。

京都市立芸術大学・京都市立美術工芸高等学校(2023)

京都市立芸術大学・京都市立美術工芸高等学校(2023)

Photo:Shinkenchiku-sha

——福祉施設も多く手掛けられています。

「品川区立障害児者総合支援施設」は、都内の限られた敷地において、高層化しながらも障害のある方々が落ち着いて時間を過ごせる空間をどうやってつくるかを考えました。

高さ制限や日影規制を考慮し、6階建てで北側の道路に対して段々に下がっていく外観とし、各階に屋上庭園をつくっています。構造を壁体におさめるために分厚くなった外壁を利用して、障害のある方が過ごせる小さなスペースを窓際につくりました。障害のある方々には、いつでもトイレに行くことができるように、いろいろな場所にトイレがあることが望まれます。そのため設備設計としては合理的ではないのですが、利用する方の利便性を一番に考え、コアを固めないようにしました。さらに一人の居場所が守られることで、安心して過ごしてもらえるように、ちょっとした居場所や大勢で集まる場所を分散させました。

品川区立障害児者総合支援施設(2019)

品川区立障害児者総合支援施設(2019)

Photo:Hajime Kato

——金属屋根について、どのような印象がありますか。

 まず軽いことがいいですね。金属屋根にはいろいろな葺き方がありますが、私は嵌合式よりも職人さんが現場で折って仕上げていくことに興味があり、その技量は貴重なことだと思っています。職人技によって建築が工芸品のようにつくられているようです。今、そういう技術を採用するのは私たちアトリエ事務所くらいでしょうか。また、金属板は薄いのでぐにゃっと曲がりしわができますね。あのしわが優しい感じがして好きなんです。

——「小さな風景」の調査としてテーマをつくり、事務所のみんなで写真を撮りためています。こういう場所でこういう人が、こんな感じで過ごしている、ということを写真を通して、自分のものにしていく方法論です。

「こういう場所があるといいよね」という会話をするためにも重要で、私たちのデザインソースとなっています。今後も続けていきたいですね。

——ありがとうございました。

乾 久美子(いぬい・くみこ)

1969 大阪府生まれ。 1992年 東京藝術大学美術学部建築科卒業。1996年 イエール大学大学院建築学部修了。1996年〜2000年 青木淳建築計画事務所勤務。2000年 乾久美子建築設計事務所設立。2011年〜2016年 東京藝術大学美術学部建築科准教授。2016年〜 横浜国立大学都市イノベーション学府・研究院 建築都市デザインコース(Y-GSA)教授。