名建築

軽やかな翼のような屋根を持つ
街なかスタジアム

エディオンピースウイング広島

エディオンピースウイング広島

建物全景。広島の中心部中央公園内に位置する「街なかスタジアム」。西側(写真手前)は本川(旧太田川)、北側(写真左)は市営基町高層アパート、南側(写真右)は城南通りに面する。丸馳折版ロックⅡ型、折版F-80という2種類の折版で構成された屋根を持つ

大成建設株式会社

設計本部 建築設計
第七部長

川野久雄 氏

設計本部 建築設計
第二部 シニア・アーキテクト

松村秀幹 氏

*設計者のご所属は取材時のものです

広島初のサッカー専用スタジアム

広島で初めてのサッカー専用スタジアムが2024年2月にオープンしました。このスタジアムはJリーグ、サンフレッチェ広島のホームスタジアムでもあり、国際試合などにも対応しています。

サッカー専用スタジアム建設の要望書が広島県・県議会に提出されてから約20年、当初は他の5つの建設候補地がありましたが、2016年に最終的に人口約120万人を有する広島市都心部にある広島市中央公園内に建設することに決定しました。敷地の西側は本川(旧太田川)に面しており、北側は大規模な市営基町高層アパート、南側には幹線道路(城南通り)があります。

一般にサッカースタジアムは、郊外につくられることが多いですが、「エディオンピースウイング広島」の大きな特徴は、中心市街地の紙屋町・八丁堀地区から徒歩10分ほどに立地する「街なかスタジアム」であること。広島城や旧広島市民球場跡地ともペデストリアンデッキでつながり、広島市中心部の回遊性が高まりました。

私たちは2021年の設計当初からのコンセプトとして、平和都市広島を象徴するような「希望の翼」をイメージし、白く軽やかな屋根を架けることを考えました。これは後に、このスタジアムが「エディオンピースウイング広島」と命名されることにつながります。

非対称の屋根を張弦梁で支える

サッカーフィールドに天然芝を使用することから、スタジアムは全天候型ではなく、フィールド部分には屋根はありません。サッカーの試合中、前半・後半で日差しの当たり方が公平になるよう、南北にゴールを設けなければならず、それにより、自ずと敷地内での配置が決まります。

スタジアムは、地上7階建てで観客席2万8520席を有しています。基町高層アパートに面した北側は、日影規制がかかり屋根の高さを抑えなければなりません。したがって北側に席数の少ないアウェイ席を設け、南側はホーム席として席数を増やし天井高も高い非対称形の東西(長手方向)断面形状が決まりました。一般にスタジアムの屋根は対称形のものが多い中、非対称であることも、このスタジアムの大きな特徴です。

さらに特徴的なのは、大空間を実現しているスタジアムの翼にあたる、東西長手方向に架かる135mの屋根です。張弦梁という弓を引いたようなアーチ形状の梁で屋根を支えています。鉄骨トラスの上弦架構とケーブルの下弦材から成り、途中2カ所で3本の鋼管によって上下の弦をつないでいます。そして下弦材を両側から1,100トンの力で引っ張ってバランスを保っています。これだけの大規模な張弦を張る瞬間には緊張感がありましたが、この張弦梁構造によって観客席に柱をなくし、軽やかな鳥の羽のような美しい構造体を表現することができました。

サッカースタジアムではサッカーを観戦する人々が熱狂し一体感を得られるように、劇場のようなクローズドな空間であることが求められます。一方でサッカーを観戦しない人たちにも足を運んでもらえるように、またスタジアム内の賑わいを街に発信できるように、クローズドでありながらもオープンにする必要がありました。それをこの「街なかスタジアム」というコンセプトの中でどう表現するのかを考えて、街の中心に向けて人々を迎え入れるような大きな開口部を南西南東側に設けることにしました。そのようにオープンにすることは見た目の軽さにもつながり、外へ向けた機能的な発信性と、デザイン的な翼のかたちを実現することにつながりました。

南東からの眺め。軽やかな曲面屋根が架かる。屋根裏も白く塗装され軽さが引き立つ。人々を迎え入れるように街に対して大きな開口部を設けている。ペデストリアンデッキで街とつながり、来場者の約8割はここからアプローチする

南東からの眺め。軽やかな曲面屋根が架かる。屋根裏も白く塗装され軽さが引き立つ。人々を迎え入れるように街に対して大きな開口部を設けている。ペデストリアンデッキで街とつながり、来場者の約8割はここからアプローチする

本川越しに見る南面の夜景

本川越しに見る南面の夜景

南面屋根。前面の城南通りを走る車に反射光を軽減するために、さざ波リブを入れて光を拡散させている

南面屋根。前面の城南通りを走る車に反射光を軽減するために、さざ波リブを入れて光を拡散させている

折版屋根の新たなる挑戦

南北・東西共に観客席に架かる屋根は、複雑な3次元の曲面を持っています。そのため、国立競技場でも採用した三晃金属工業のR-T工法で施工することも検討しましたが、素材感や重量、工期などの条件を考慮して折版を使用することになりました。

交通量の多い城南通りに接した南側の屋根は、アプローチ側でもあり、車からも歩行者からも一番目につきやすいところです。屋根による光の反射が影響しないよう、できるだけ山谷の少ないものにしたいと考え、折版F-80を南北の屋根部分に使用することにしました。また、特に屋根曲率が3段階で変わる南面については歪みが起こらないように検討を重ねました。

一方、東西の屋根部分は水の流れの方向に対して垂直に屋根を葺く必要があり、折版の山谷を大きくしないと雨水が乗り越えてしまう恐れがあったため、東西面は逆に山谷の大きい丸馳折版ロックⅡ型を選択しました。

一般にフラットな屋根で使用される折版を、このように大規模な曲面屋根に使用し、しかも折版の種類と葺き方向も変えているケースは初めてでしたが、2つの折版を使いながら羽のように美しい一体感のあるものができ上がり、屋根材としての折版の新たな可能性を感じました。

今回、翼のイメージから、外から見える屋根の色を白くすることは決まっていましたが、観客席から見える屋根裏も白く塗装してもらいました。これにより屋根の表面温度、輻射熱の上昇が減ることでスタジアム内の温度上昇を抑える効果も期待できます。市民の方々の願いが詰まったスタジアムは、さまざまな技術を集結してでき上がりました。名実ともに「希望の翼」になってくれることを願っています。

スタジアム内部。長手方向の屋根は弓矢のような長さ約135メートルの張弦梁で支えている

スタジアム内部。長手方向の屋根は弓矢のような長さ約135メートルの張弦梁で支えている

アウェイ席側からフィールドを見る。東西観客席に架かる屋根が羽のように見える。正面はホーム席

アウェイ席側からフィールドを見る。東西観客席に架かる屋根が羽のように見える。正面はホーム席

ホーム席のある南側。コーナー部分には自由に利用できるテーブル・椅子を設置している

ホーム席のある南側。コーナー部分には自由に利用できるテーブル・椅子を設置している

施工に携わって
三晃金属工業㈱ 中国支店

限られた工期の中、折版で、いかに大空間での曲面屋根を意匠的に美しくつくれるかに挑戦した現場でした。

2種類の折版を使用

東西側の屋根は、高強度の丸馳折版ロックⅡ型を採用いただきました。鉄骨の梁間が確保でき、取り付けるための鉄骨の数を減らすことができ、屋根を軽くすることに寄与しています。対して、北側は市営住宅に面し、騒音対策として屋根の下地に木毛セメント板を入れる必要があったため、梁間の短い折版F-80を採用いただきました。南面は屋根の傾斜が大きく、足場を建てる際に鉄骨から足場つなぎを取ります。施工後、足場つなぎを外した後に、ボルトやビスを見せないことが可能なことも折版F-80の特徴です。

設計時…BIMとモックアップでの検証

設計段階から南北面屋根の流れ方向や東面・西面屋根の谷樋排水の長さについて何度も打ち合わせを重ねました。また大成建設様と連携して、BIM モデルを用いて屋根の形状・色の提案と下地鉄骨との取り合いの確認をしました。特に南面の屋根曲率が3種類ある上に、ねじれも生じる複雑な形状をしているため、BIMモデルでの事前の綿密な検証が必要でした。

東西面屋根の北側桁行方向の端部は勾配が43度近くになります。そこで屋根工事着工前に、北側屋根のモックアップを当社の製作所で作成してさまざまな施工検証を行い、安全に作業できることを確認しました。

工屋根伏図 屋根を葺く方向と折版の種類が記されている

屋根伏図 屋根を葺く方向と折版の種類が記されている

BIMによる東面屋根と南面屋根の取り合い部分の検証

BIMによる東面屋根と南面屋根の取り合い部分の検証

モックアップによる施工検証

モックアップによる施工検証

敷地周辺に作業スペースが確保できず、荷揚げはフィールドの中から行った

敷地周辺に作業スペースが確保できず、荷揚げはフィールドの中から行った

現場成型もフィールドの中で行う

現場成型もフィールドの中で行う

施工時

施工時に苦労した点の1つに、敷地の北側が市営住宅、南側が幹線道路、西側は川に面しており、東側の公園も残土置き場になっていたため、外周に作業スペースが取れなかったことがありました。そのため、現場成型や材料の荷揚げはフィールドの中の限られたスペースで行わなければなりませんでした。

屋根の室内側に仕上げ材がないため、折版の裏面を白く塗装することになりましたが、特に南側は観客席から屋根が近く、よく見える部分です。したがって中間吊子の必要ない梁間設定を提案しました。また、建物の高さがあり塗り直しなどの補修が難しくなるため、成型時・施工時の品質管理には細心の注意を払いました。

施工は極めて高所での作業でしたので、安全面を考慮し、丸馳折版ロックⅡ型、折版F-80共に、タイトフレームの取付には溶接が不要なガッチリタイトで全て行いました。軒先部や斜め梁部は偏芯型のガッチリタイトを使用しています。

フィールド側は水上であるため、通常は雨が降っても水が観客席に飛び出すことはありません。しかし、高さが約40mあるため、風雨が強い場合に備えて、水が逆流し、観客席側に落ちないようにする必要がありました。それを防ぐために水上包みに立ち上がりを設けて、水が飛び出さないよう、見えないところにも止水に気を配っています。

難易度の高い現場でしたが、施工班の方々の協力のもと、イメージ通りの屋根に仕上がったと言っていただき、大変嬉しく思います。

大北側屋根面、下地ボード貼りの状況

北側屋根面、下地ボード貼りの状況

南側天井面。屋根裏面が仕上がりとなるため、白く塗装し中間吊子が客席から見えないように仕上げている

南側天井面。屋根裏面が仕上がりとなるため、白く塗装し中間吊子が客席から見えないように仕上げている

軒先部や斜め梁部は偏芯型のガッチリタイトを使用

軒先部や斜め梁部は偏芯型のガッチリタイトを使用

東西面屋根の施工。北側になるほど桁行方向が急勾配になる

東西面屋根の施工。北側になるほど桁行方向が急勾配になる

北西面取合部。左は北側で折版F-80、右は西側で丸馳折版ロックⅡ型。境界部に水切りを取り付けている

北西面取合部。左は北側で折版F-80、右は西側で丸馳折版ロックⅡ型。境界部に水切りを取り付けている

風で雨水が水上からフィールドに落ちないように水上包みに立ち上がりを設けている

風で雨水が水上からフィールドに落ちないように水上包みに立ち上がりを設けている

東西外周部谷樋。エックスロン鋼板で施工

東西外周部谷樋。エックスロン鋼板で施工

東西外周部谷樋の下からの見上げ。谷樋底部が仕上げになるため、カラー面が下になるように取り付け

東西外周部谷樋の下からの見上げ。谷樋底部が仕上げになるため、カラー面が下になるように取り付け

屋根鳩小屋。メンテナンス時の安全性も考慮してエックスロン防水で止水

屋根鳩小屋。メンテナンス時の安全性も考慮してエックスロン防水で止水

建築概要

所在地 広島県広島市中区基町15-2-1
発注者 広島市
敷地面積 49,925㎡
建築面積 26,056.26㎡
延床面積 65,878㎡
構造規模 鉄骨造+鉄筋コンクリート造+鉄骨鉄筋コンクリート造
地上7階
屋根仕様 丸馳折版ロックⅡ型/カラーガルバリウム鋼板 t=0.8mm 15,900㎡
折版F-80 カービング加工/ガルバリウム鋼板 t=0.8mm 6,125㎡
ガッチリタイト
壁仕様 サイディングハイシャドー/カラーガルバリウム鋼板 t=0.6mm 300㎡
設計·監理 大成・フジタ・広成・東畑・EDI・復建・あい・シーケィ共同企業体
施工 大成・フジタ・広成・東畑・EDI・復建・あい・シーケィ共同企業体
竣工 2023年