名建築

地域と風土に繋ぐ
木質ぶどう棚のある工場

旭陽電気株式会社 韮崎工場

旭陽電気株式会社 韮崎工場

外観。ガラスファサード部分が事務棟、対比的に壁面に覆われた部分が工場棟。「人と自然にやさしい、地域に開いた工場」をコンセプトに、働く人と環境に配慮した、未来を見据えたものづくりの拠点となっている

有限会社NOA 環境設計

 

羽村 祐毅 氏

代表取締役

羽村 弘 氏

土地の記憶や風景を現代に描く

山梨県の北西部に位置する韮崎市、中央自動車道韮崎IC近くの上ノ山・穂坂地区工業団地に旭陽電気株式会社の新韮崎工場が完成しました。旭陽電気は半導体製造装置の製造をメインとして、電子部品(ケーブル・ハーネス)事業、EMS(電子機器の受託製造サービス)事業、社会インフラ事業の3つを柱に、技術とものづくりで社会の進歩を支える会社です。

韮崎は旭陽電気の発祥の地で、これまで県内各所に分散していた生産拠点がこの新工場に集約されました。さまざまな厚生施設も含めた事務所と工場との一体化を図り、働きやすく、地域に開かれた建物を目指して計画がスタートしました。

この場所は元々ぶどう畑が広がっており、韮崎市による開発で工業団地として整備された土地です。西には南アルプス、南には富士山、北側には八ヶ岳がきれいに見え、すばらしい景観が見渡せます。設計にあたり、ぶどう畑だったその土地の記憶や風景を継承して伝えていくことが大事なのではないかと思いました。ぶどう畑・ぶどう棚の下は心地よい風が吹き、あたたかい光が葉や棚の間から差し込んでいる。かつてこの地域に広がっていた、そのような木漏れ日の風景を設計コンセプトに、働く人たちがこの空間の中で主役となり、誇りをもって日々の仕事に取り組める舞台(工場)を考えました。

パッシブデザインへの挑戦

最初に旭陽電気さんから「世界に誇れる工場にしたい」とのお話をいただき、その想いをどう建築として実現していくかが課題でした。また環境負荷を低減することが生産施設においても企業の社会的責任としてますます求められてゆくとの認識から、建築の特徴を活かし積極的にパッシブデザインを行っています。結果的に、設計一次エネルギー消費量を83%削減、BEI値(一次エネルギー消費量基準)はわが国でもトップレベルの低さ(BEI=0.17)となり、山梨県の工場としては初のNearlyZEBを取得しました。正面のガラスファサードは高透過トリプルLow-E複層ガラスを採用。大屋根の深い庇や、ハイサイドライト、トップライトによって自然光を室内機能に合わせて適切に制御できるよう計画しました。吹き抜け空間を活かした重力換気、バランスウェイによる自然換気などを利用し、事務棟は床輻射空調、床染み出し空調としています。

また、工業団地内で求められる消防用水を正面ガラスファサード前の水盤にして修景として活用、換気設備(全熱交換器)の外気取入口を水盤植栽の近くに設け、熱負荷低減を図っています。韮崎の植生と調和した植栽も室内外に取り入れ、「地域と人、環境とともにある」という旭陽電気さんの企業ビジョンを体現した建築を目指しました。

地震時に要求される構造体の耐力は重要度係数Ⅱ類(1.25倍)として設計。BCP(事業継続計画)対応としては、太陽光発電と非常用発電機を活用し、災害時などの電力供給停止時も3日間の工場稼働を可能としています。

工場棟内部 木製の生産設備ラックはぶどう棚をイメージ。屋根と生産設備を幾何学的に関連性を持たせて、旭陽電気の祖業であるハーネス(電線)の「繋ぐ」イメージを体現

工場棟内部 木製の生産設備ラックはぶどう棚をイメージ。屋根と生産設備を幾何学的に関連性を持たせて、旭陽電気の祖業であるハーネス(電線)の「繋ぐ」イメージを体現(Photo:©Nacasa & Partners 中道 淳)

事務棟内部 地域を一望できる2階の社員食堂。ハイブリッドの大屋根の意匠や自然環境と調和を図った高水準の技術などが評価され、山梨県建築文化奨励賞を受賞している

事務棟内部 地域を一望できる2階の社員食堂。ハイブリッドの大屋根の意匠や自然環境と調和を図った高水準の技術などが評価され、山梨県建築文化奨励賞を受賞している(Photo:©Nacasa & Partners 中道 淳)

正面俯瞰

正面俯瞰

工場棟西側壁面 折版外壁中空層を利用した自然換気が織り込まれた外壁の特寸折版

工場棟西側壁面 折版外壁中空層を利用した自然換気が織り込まれた外壁の特寸折版

外観夜景

外観夜景(Photo:©Nacasa & Partners 中道 淳)

木質ぶどう棚のある工場

建物はガラスファサード部分が事務棟、対比的に壁面に覆われた部分が工場棟となっており、「ぶどう棚」をイメージした木と鉄骨によるハイブリッドトラス構造で構成されています。将来のメンテナンス性と地震時の天井脱落を防ぐ目的から、天井を張らない方針としました。工場特有の複雑な配線やエア・バキューム配管、コンセント、照明設備などを構造と一体化し、生産設備ラックとして見せています。大空間での音の反響や大屋根の音鳴りを考慮し、三晃金属工業㈱の吸音ダブルパックを採用、板鳴り低減工法としました。意匠的にも、環境の面でも貢献していただいています。

環境の時代のフロントファサード

工場棟西側の壁面には特寸の折版貼を使用しました。折版の中空層を外気取り入れルートとしても利用しており、1階工場内の全熱交換器給排気口や雨樋も折版の裏に隠す納まりとしています。外壁折版は一見通常の工業的な素材、工法でありながら、環境性能を高める工夫を織り込むことで、新しい環境の時代にふさわしい工場のあり方を示すフロントファサードとしてデザインしました。竪樋部分の折版はボルトナットでの支持にて計画し、屋内消火栓配管のメンテナンスも兼ねて取り外しが可能です。

以前、設計させていただいた旭陽電気さんの宮城工場も安心・安全・環境への配慮、働きやすさを前提とした建物の計画でした。今回の新韮崎工場も、社員を大切にし、環境に目を向け、地域とのつながりを大切にする施主の想いに応えるべく、多くの専門的な知見を取り入れながら計画をまとめることができました。構造設計においては、京都大学名誉教授でADOSの上谷宏二先生、同担当の森安章人さんに独自開発の最適設計プログラムを活用いただき、京都工芸繊維大学教授の満田衛資先生には実施設計から監理、機械設備においてはESAの佐藤英治先生に多くの知見をいただきました。照明デザインのBLD中村達基さんや施工を行った大成建設、さまざまな専門メーカーの協力を得て、形にすることができたと思っています。

工場棟内部 下弦材を逆成型にし、カラー面が見えるように施工

工場棟内部
下弦材を逆成型にし、カラー面が見えるように施工

大屋根(吸音ダブルパック丸馳折版Ⅱ型) ハイサイドライト取合 特注の下地金具を使用し、役物が小さく、シャープに納まっている

大屋根(吸音ダブルパック丸馳折版Ⅱ型)
ハイサイドライト取合 特注の下地金具を使用し、役物が小さく、シャープに納まっている

事務棟屋根・外周庇(エックスロン防水) 段差が多く、複雑な納まり

事務棟屋根・外周庇(エックスロン防水)
段差が多く、複雑な納まり

竪樋部 外壁特寸折版取付 外壁材は特注寸法。6m ベンダーにてベンダー加工

竪樋部 外壁特寸折版取付
外壁材は特注寸法。6m ベンダーにてベンダー加工

外壁特寸折版貼施工時 無足場工法での施工のため、高所作業車を使用し、レッカーの合番作業にて施工

外壁特寸折版貼施工時
無足場工法での施工のため、高所作業車を使用し、レッカーの合番作業にて施工

室外機置場(外壁特寸折版貼) 胴縁へ先行穴あけをしてビス剣先や穴あけ部に錆が発生しないようにし、ボルト・ナットには錆止め補修を施し固定

室外機置場(外壁特寸折版貼)
胴縁へ先行穴あけをしてビス剣先や穴あけ部に錆が発生しないようにし、ボルト・ナットには錆止め補修を施し固定

施工に携わって
三晃金属工業㈱ 甲府営業所

工場棟大屋根の吸音ダブルパックは、下弦材をカラー面が下に見える逆成型とし、意匠性にも考慮した納まりとなっています。大屋根上にはハイサイドライト(屋上ハト小屋)が5カ所配置されており、屋根との取り合いの納めが多くありましたが、取り合い部に上弦材受けの特注金物を設置し、役物を小さくすることでスッキリとした納まりになるよう工夫しました。ハイサイドライトの屋根は、鉄骨下地が縦母屋のため、野地板の割付と合うように働き巾を調整できる立馳SX-40を採用いただき、働き巾@455にて施工しております。

事務棟大屋根のエックスロン防水は、三角形の特殊な形をしたトップライトや外周庇との取り合いなど複雑な納まりが多かったのですが、図面での綿密な打ち合わせと施工班の協力で、きれいに納めることができました。

外壁の特寸折版は、ステンレス鋼板をベンダー加工した特注サイズです。また、外周庇から落ちてくる竪樋の目隠しも兼ねるため、後のメンテナンス時に外壁が取り外せるように、竪樋部には、1山形状の折版を後から被せています。竪樋の配置と外壁のジョイント位置が合うように5種類の形状の折版を使い分けて施工しています。外周庇のエックスロン防水のドレンから竪樋がまっすぐ落ちてきて、外壁1山の中に納まるため、外壁の割付精度が求められました。外壁面と外周庇面それぞれに基準墨を出していただき、ドレンと外壁位置が一致するように施工しました。

北面の室外機置場の外壁特寸折版は、裏面も雨掛かりとなるため、錆が発生しないようステンレスのボルト固定としました。胴縁へボルトを先行設置するため、精度の高い割付が求められました。

複雑な作業が多くありましたが、きれいな仕上がりとなりました。

建築概要

所在地 山梨県韮崎市上ノ山字沼3160-1
事業主体 旭陽電気株式会社
敷地面積 15,908.17㎡
建築面積 5,910.47㎡
延床面積 11,078.25㎡
構造規模 鉄骨造 地上3階 地下1階
屋根仕様 吸音ダブルパック丸馳折版Ⅱ型 上弦材/カラーガリバリウム鋼板 t=0.8㎜ 3,063㎡、 吸音ダブルパック丸馳折版Ⅱ型 下弦材/カラーガリバリウム鋼板(逆成型) t=0.8㎜ 3,063㎡、 立馳SX-40(キャップレスタイプ)/カラーガリバリウム鋼板 t=0.5㎜ 1,162㎡、 エックスロン防水/エックスロン鋼板 t=0.4mm 1,553㎡
外壁仕様 特寸折版貼/フェライト系ステンレス鋼板(NSSC220M) t=0.8㎜ 711㎡
設計監理 ㈲NOA環境設計
施工 大成建設㈱
竣工 2023年8月