2026.3

No.336

名建築

地域が誇る建物として大切に使い続ける

エムウェーブ長寿命化改修工事

エムウェーブ長寿命化改修工事

北側上空から見る。15 の架構から構成され、中央が一番高く、東西7つずつ段状に低くなっていく

株式会社 久米設計

建築設計本部エキスパート

柿本 英樹

国際スケート連盟公認の施設

エムウェーブ(長野市オリンピック記念アリーナ)は、1998(平成10)年に開催された長野オリンピックのスピードスケート競技会場として建設され、1996年に竣工しました。日本初の400mダブルトラックを有する国際スケート連盟公認の屋内型スケートリンクです。


この建物は、木材と鋼板から成る吊り屋根が特徴的な半剛性吊屋根構造です。屋根がM型の断面形状で、中央部が1番高く、端にいくにつれ階段のように低くなっている外観からもエムウェーブと愛称がつけられています。信州の山並みを表現した外観であり、木材には信州産のカラマツが使用されています。


オリンピック終了後は、スピードスケートの大会、市民が利用できるスケートリンクとして活用され、オフシーズンは、大規模な展示会などのイベントやコンサートなどにも対応できる多目的アリーナとして利用されています。

竣工後約30年を経て改修工事を実施

施設は現在まで変わらずに使い続けられてきました。竣工から30年近くを経ても、目に見える老朽化は認められません。しかし、氷を張る際に使うガス式冷凍機が更新寿命に近づくなかで、唯一のメーカーによる生産が終了となり、電気式冷凍機へと切り替えるために、受変電を含めた大規模な改修が必須となりました。


国際スケート連盟公認のスケートリンクであるこの施設では、製氷は大変デリケートに行われますが、以前よりも製氷時に漏気が感じられるようになり、また、雨漏りの箇所も部分的に認められたこともあり、改修工事に先立ち、建物の現状調査を行うことになりました。


私たちは新築工事の際の竣工図、これまでに行われた部分的な改修図などを調べ、建物調査の結果と合わせて、具体的な改修内容を立案しました。そして、冬季のスケートリンクの営業はそのままに、春・夏の間に改修工事を年度を分けて2期にわたって実施することにしました。


冷凍機の交換と製氷に影響のある漏気や漏水を防ぐため屋根工事は1期とし、2期にはアプローチや出入口回り、コンコース部分などの工事を行う予定です。


したがって今回の改修は、大きく外観や建物の機能を変えるものではなく、新築時のコンセプトや質の高さを変えずに長く使い続けるため、つまり長寿命化のための改修工事といえます。

改修後 M型架構の中央に向かって、斜めに屋根が葺かれている

改修後
M型架構の中央に向かって、斜めに屋根が葺かれている

改修前(西側上空) 短手方向に平行に屋根が葺かれている。水が溜まりやすいM型架構の中央部が黒くなっている

改修前(西側上空)
短手方向に平行に屋根が葺かれている。水が溜まりやすいM型架構の中央部が黒くなっている

内観。冬季はスケートリンクとして使用される。400m ダブルトラックを有する

内観。冬季はスケートリンクとして使用される。400m ダブルトラックを有する

(改修前)アーチ型の屋根の上にドーム型の屋根

改修後の屋根の様子。建物中央部から段状に屋根が構成されている

改修で屋根の水溜まりを極力減らす

屋根の調査の結果、屋根下地の構造用合板が朽ちていたり、吊屋根の中央部分に水が溜まる箇所も見つかり、屋根は全面的に改修を行うことになりました。


そこで屋根の工法を改めて検討しましたが、やはりこのような勾配のない屋根ではシーム溶接のステンレス屋根が一番ふさわしく、新築時同様に三晃金属工業のR-T工法を選択することにしました。新築時はオーステナイト系のステンレスでしたが、現在はフェライト系のステンレスが主流となり、熱伸びの問題も改善されています。私も他のアリーナを設計した際に、フェライト系ステンレスのR-T工法を採用したことがあり、今回もこの工法が最適解であると考えました。


今回大きな設計上の変更点として、屋根の葺き方を変えたことがあります。1段の屋根の長さは15×90mであり、改修前は各段の屋根の短手である東西方向に屋根を葺き、M型の中央部分はキャンバーという勾配をつけることで、下段に水が流れるようにしていました。改修の際にはキャンバーの端部に台形の屋根材を葺き、下段へ斜めに勾配を持つように屋根材の割付を変更しました。そのことで、屋根上に水を溜めることなく最上段の屋根から下段に自然に水が流れていくようにしました。


カラマツの集成材を使用した屋根梁の朽ちた部分を元の性能に戻すために、カヌーの修復方法を参考にエポキシ系パテを使ったり、さまざまな知見を活かしながら改修を進めていきました。

改修をして長く大切に使い続ける

基本設計の終了時点で長野市がECI方式の協力事業者として鹿島建設JVさんを選定され、新築時に我々久米設計と共同体で設計に携わられた当時の設計チームの方にも技術協力者として参加していただきました。また、当時関わられたメーカーと施工の方々も参画され、一緒に改修に当たるなかで、長野市の皆さんがエムウェーブを大切に思われていること、長く大切に使い続けていこうとされていることを強く感じました。私もこの建物の長寿命化に貢献できたことを嬉しく思っています。

*ECI方式:Early Contractor Involvement 方式。実施設計の段階からゼネコンなどの施工者が参画し技術協力を行う方式。

アリーナ内部。天井部分に落下防止ネットが設置され、安全対策が取られてから、屋根工事がスタート

アリーナ内部。天井部分に落下防止ネットが設置され、安全対策が取られてから、屋根工事がスタート

解体作業。新築時のルーフィングをはがすと下地の構造用合板が現れる。合板に腐食がないかも確認

解体作業。新築時のルーフィングをはがすと下地の構造用合板が現れる。合板に腐食がないかも確認

地上で屋根材を現場成型。写真手前からアンコイラーでコイルを回し、カットして、成型作業を行う

地上で屋根材を現場成型。写真手前からアンコイラーでコイルを回し、カットして、成型作業を行う

クローラークレーンで現場成型した屋根材を揚重

クローラークレーンで現場成型した屋根材を揚重

揚重した長さ15mの屋根材を数名で運ぶ。多い時は1日25名くらいが作業に当たる

揚重した長さ15mの屋根材を数名で運ぶ。多い時は1日25名くらいが作業に当たる

段状になった屋根を1段飛ばしで作業していく。真ん中部分は、雨水が軒先に流れるように、木下地を組んで勾配をつくっている

段状になった屋根を1段飛ばしで作業していく。真ん中部分は、雨水が軒先に流れるように、木下地を組んで勾配をつくっている

施工に携わって 三晃金属工業㈱ 松本営業所

新築竣工から約30年が経ち、長寿命化に向けた改修工事が行われました。新築時と同じR-T工法によるものですが、30年の間にステンレス鋼板の耐候性や熱伸縮性の向上、溶接機器の性能向上が図られ、「より強い屋根」となったR-T工法での全面改修です。


今回の改修では、既存屋根と比較して屋根面の割付を変更しています。吊り橋状の建物形状を活かし、雨水が屋根面において両端部から中央に向けて斜めに流れるように、屋根の両端部は斜めに、中央はストレートに、その間を扇形のテーパー屋根材で割り付けしています。


屋根4段ごとに、上段屋根の雨水を受けて集める「集水パネル」を設け、雨水が外部に落ちないようにする仕組みや、立ち上がり部分の役物形状や雪止めカバーの形状も従来のものから進化させ、軒先の集水桝も新しく作り変えるなど、「長寿命化」をより積極的に図りました。


スケートシーズンが終了する2月末から、次のシーズンに向けた準備が始まる9月頭までの約6か月という限られた工期の中、15段の階段状の建物を、上の段から順に工事を進める従来通りのやり方だと、工期内に納まりません。


そこで、①1工区(1段)単位の作業を整理(既存屋根撤去→既存木下地撤去新設→屋根新設→足場解体)して、工期を4~5週と設定、②屋根全体においては葺き替え作業が終わった工区の足場を解体しなければ下段の工事ができないため「1段飛ばしで施工」、③テーパー材を除き屋根材を現場でコイルから成型する、等々、施工計画を綿密に立てました。


またR-T工法は、当社が発行するライセンスを持つ職方の従事が必須です。本現場では着工前に講習を受講していただき、新たにライセンスを取得した職方を加えて、防水施工班4班・解体班1班の体制で施工していきました。多い日は、25名ほどの職方が作業にあたりました。


既存屋根を解体してみると、構造用合板が傷んでいることがわかったり、撤去する予定の部材が外せなかったりと、改修ならではの問題も発生しましたが、その都度、設計者・元請・職方と協議を重ねながら解決していきました。


最後は酷暑の中での作業でしたが、工期も無事守ることができ、新しくなったエムウェーブを引き渡すことができました。この先も、市民や利用者に長く愛される建物であってほしいと願っています。

建築概要

所在地 長野県長野市大字北長池195
発注者 長野市
敷地面積 111,470.82㎡
建築面積 31,368.00㎡
延床面積 76,189.26㎡
構造規模 下部:鉄筋コンクリート造 一部 プレストレストコンクリート造
屋根:大断面構造用集成材による半剛性吊屋根
屋根支持斜壁上部:鉄骨造
地下1階、地上3階
屋根仕様 R-T工法/フェライト系ステンレス鋼板 t=0.4mm 19,193㎡
設計 久米・長野設計共同企業体
監理 久米・長野設計共同企業体
施工 鹿島・飯島・高木特定建設工事共同企業体
新築時竣工 1996年11月
屋根改修完了 2025年8月