名建築

ナノレベルで物質を

分析・研究する最先端技術施設

次世代放射光施設「NanoTerasu(ナノテラス)」

好文学園女子高等学校新校舎棟整備事業 未来のクリエイターが羽ばたく白い学び舎

全景。長方形の部分が電子を加速するライナック棟。ドーナツ型の部分が蓄積リング棟。直径は約172m。1,120枚の台形状の屋根材が使用されている

株式会社日建設計

設計部門 アソシエイトアーキテクト
中村 伸也 氏

世界トップレベルの軟X線領域の放射光施設の誕生

宮城県仙台市の東北大学青葉山キャンパス内に建てられた次世代放射光施設は、国・地域・民間が一体となってつくられた実験・研究施設です。この地は将来的に4万㎡にも及ぶ学術界、産業界、また地域の人材が集まる研究開発群「サイエンスパーク」となることが予定されています。

「放射光」とは、ナノレベルでさまざまな研究や開発を支える最先端科学の光です。本放射光施設は円形と長方形から成り、まず長方形の建物(ライナック棟)で電子を光速近くまで加速させ、次に円形の建物(蓄積リング棟)で直行する電子を強い磁場によって曲げ、円の軌道に沿って高速回転させると放射光が発生します。

太陽光の10億倍以上にもなる極めて明るい放射光を対象物に照らすと、物質の動きや構造をナノ単位の世界まで観察できます。つまり次世代放射光施設は巨大精密顕微鏡ともいえ、その技術は材料科学や環境科学、医学、産業など、さまざまな分野に利用されます。

今回新たに軟X線領域かつ高輝度を両立する次世代放射光施設がつくられたことで、さまざまな研究領域が網羅され、今後さらに世界をリードしていく科学技術や学術の発展が望まれます。また、東北地方に初めて誘致された放射光施設であり、地域発展の上でも期待が寄せられています。

少しの振動も許されない、精度が求められた建築

この新しい施設の円形建屋の蓄積リング棟は直径約172m。東京ドームとほぼ同じ大きさです。建物内は、蓄積リングを収めるリングトンネルと、実験ホール、実験準備室のシンプルなもの。したがって、コンセプトは巨大な実験装置の形状をそのまま表したもの、これからつくられていくリサーチコンプレックス「サイエンスパーク」の中心的な施設となるために象徴的な建物をつくること、この2つを設計の軸にしました。そして、基本的には少ない材料で、シンプルでシームレスなものをつくることを考えました。

設計の際には、電子が微細な振動でも影響を受けてしまうため、通常の建築を設計する際には考えられない精度が要求されました。また、建築は多少なりとも熱や風で伸び縮みしますが、それさえも実験結果に影響を及ぼすため、リング状に配置された放射光加速器を置くコンクリートの床を、壁も柱もなく床だけが地面に載っている状態にしようとしました。そこで装置の周りをぐるっと一筆書きのようにエキスパンションジョイントで囲み、他の部分と縁を切って振動を吸収するようにしています。また、縁を切った外側からコンクリートでトンネル状に加速器を囲み(蓄積リングトンネル)、放射光を取り出すときに出る放射線を遮断しています。

実験ホールに柱を落とさないため、蓄積リングトンネルの上部にV字形の柱を立て、外周の柱と梁で結びました。これらのV字柱で水平の力も受けることができます。加速器の設置された床とトンネルは完全に縁を切っているので、トンネル上部に柱を立てても電子に影響することはありません。

蓄積リングトンネルの外側には大学や企業、団体などがそれぞれ研究できるブースと、大空間の実験ホールが同心円状に配置されています。

インパクトのある美しいドーナツ状の屋根

巨大なドーナツ状の蓄積リング棟に架かる屋根は大きな面積を占めます。屋根に求められたのは、熱の影響を受けない断熱性能の高いものであること、円形の形状を実現できること、軽量であることでした。これらの条件を満たす屋根材を選びました。また、上弦材と下弦材の間に断熱材を挟むダブルパック工法を採用し、断熱性能を確保しました。

長さ40mの長方形の屋根材を、1枚ずつ台形状にテーパー加工して、上弦材、下弦材1,120 枚ずつ合計2,240 枚という膨大な枚数を施工していきました。取り付けには金属屋根の熱による伸び縮みを考慮して、水上側(ドーナツ状の内側部分)は固定し、それ以外のところはスライド断熱金具を使用して縦にスライドできるようにしています。

屋根材1,120枚で円を形成しているので、正確には1,120角形なのですが、上から見るときれいな円を描いています。インパクトのある象徴的な外観になったと感じています。

建築自体は2022年2月末に竣工し、6月末にはこの施設の愛称が「ナノテラス」に決定しました。放射光を照らしナノスケール(100万分の1mm)まで観察できるところからきています。

世界中から研究者が集まるサイエンスパークの中心施設となるナノテラスは、2024年度のオープンに向けて、現在装置の設営、試運転などの準備が着々と進められています。

柱のない広大な実験ホール。高さは約7m

柱のない広大な実験ホール。高さは約7m

蓄積リングトンネルの上にV字状の柱が下りる

蓄積リングトンネルの上にV字状の柱が下りる

大空間の実験ホールを支える柱と梁

大空間の実験ホールを支える柱と梁

施工に携わって
三晃金属工業㈱ 東北支店

屋根材は、本来長方形のものを水上側261mm、水下側484mmの台形状にテーパー加工をして取り付けました。長さが約40mあるため、工場で加工して運搬するのが難しく、現場で成型スペースを確保して作業をする必要がありました。また、屋根材台形の左右2辺を加工するためには2回成型機に通さなければなりません。加工した屋根材はクレーンで荷揚げし、広い屋根の上にレールを取り付け滑らせて運びました。

屋根材の枚数が上弦材、下弦材1,120枚ずつと非常に多く、施工に入る前にモックアップや計算書を作成してシミュレーションをしました。

施工中は繰り返し作業の大変さがありました。誤差が生じると円形になりません。加工、タイトフレームの割付など厳しい精度が求められました。最後の屋根材がきれいに納まり、屋根全体が円形にできあがった時には大きな達成感がありました。

当社深谷製作所でモックアップを作成しているところ

当社深谷製作所でモックアップを作成しているところ

広大な敷地に屋根材の成型スペースを確保

広大な敷地に屋根材の成型スペースを確保

クレーンで屋根材を吊り上げる

クレーンで屋根材を吊り上げる

下弦材葺き

下弦材葺き

屋根(下弦材)の上にレール状のものを付けて、荷揚げした屋根材を滑らせて運ぶ

屋根(下弦材)の上にレール状のものを付けて、荷揚げした屋根材を滑らせて運ぶ

敷き込んだ断熱材の上に上弦材を葺く様子

敷き込んだ断熱材の上に上弦材を葺く様子

建築概要

所在地 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉468-1
事業主体 (一財)光科学イノベーションセンター
敷地面積 646,935.60㎡
建築面積 24,735.40㎡
延床面積 25,357.81㎡
構造規模 鉄骨造 一部鉄筋コンクリート造 地上2階、地下1階
屋根仕様 折版F-80(ダブルパック)上弦材/ガルバリウム鋼板 t=0.8mm 16,647㎡
折版F-80(ダブルパック)下弦材/ガルバリウム鋼板 t=0.8mm 16,647㎡
設計 ㈱日建設計
施工 鹿島建設・橋本店建設工事共同企業体
竣工 2022年2月