FOCUS ON ARCHITECTS

人間が中心にいることを
感じさせる建築とは何か
小堀哲夫さん(小堀哲夫建築設計事務所)

2013年のデビュー作となる「ROKI Global Innovation Center」から、「NICCA INNOVATION CENTER」(2017)、「梅光学院大学」(2019)など研究所や学校建築などで、既成概念にとらわれない設計手法や環境との関わり方、居心地のよい空間づくりで注目されている小堀哲夫さん。

今回、設計にあたり意識していることや、建物のかたちが生まれる過程のことを中心にお話をうかがいました。

末光弘和さん 末光陽子さん(SUEP.)

——大学時代のことを教えてください。

高校まで岐阜で過ごし、大工だった父の影響で小さい頃は大工になるのかなと思っていましたが、建築家という仕事があることを知り、憧れていた東京に出ることにしました。

大学で建築の勉強をしてみると、身体的にこれがいい空間だ、これが建築だという感覚をあまり持てなかった。生まれ育った田舎の自然や、父に連れて行かれたお寺や神社などから受けるインスピレーションの方が大きく、その反動で山登りに熱中していました。大学3年の頃に、設計の勉強だけではなく、都市や文化を自分なりに納得できる経験をすることが重要なのではないかと思うようになり、日本・海外でフィールドワークに取り組む陣内秀信先生の研究室に入りました。

——海外を見て変化がありましたか?

大学院のときにインドネシアのジャカルタの調査や、陣内研でイタリアのレッチェや北京の四合院の調査に参加して、建築の文化の奥深さや都市を歩く面白さを学びました。日本の中から建築を見るのではなく、世界から日本を見る面白さも知りました。そうして自然と都市という軸足が自分の中でできてきました。フィールドワークではまちの人と会話し、ときには家に招かれ、その家の自慢話を聞かせてもらい、建物から人とつながっていくことが幸せだと思いました。

住居は人間が中心にいるなかで形成されていて、また地域特有の環境、建物が密接にからみあったなかで建築が成立しています。設計はスケッチや図面を描くことから形を決めていきますが、その背景や土地がもつポテンシャル、そういうことをフィールドワークで調べていくと、それこそ探検や旅をしているようです。

そうして建築をつくっていく面白さに気づいていきました。

——独立前の組織事務所ではどのような経験をしましたか?

大学を卒業し久米設計に入社したのはバブル崩壊後です。入社後いきなりコンペに参加し、設計する機会がありました。組織にはいろんな人材がいるので、先輩を頼ったり、エンジニアともつながり、自分の建築ができていく感覚がありました。コミュニケーションの大切さや気持ちよく仕事をするにはどうしたらいいかも学びました。11年働き、設計から現場常駐まで経験することができました。

——2008年に独立されますね。

僕が独立したときにまず相談したのは、久米設計時代に関係を培ったメーカーの担当者でした。「ROKI Global Innovation Center」はドーム型の建築で、屋根の前面が硝子でだんだん折版になっていきます。折版をどう使ったらいいか迷い、三晃金属工業の担当者に相談すると、早速駆けつけてくれて、ダブル折版があることや、ドームの曲面に対応してどれくらい曲がるかなど教えていただきました。

商品を選ぶだけならカタログがあればいいですが、僕はメーカーの担当者と、どんな納まりにすればきれいになるかを打ち合わせして、その場で決めたい。それにはもちろんスキルが必要です。

「ROKI Global Innovation Center」

「ROKI Global Innovation Center」

撮影:新井隆弘写真事務所

——ドームや四角い箱、曲線を多用した建築など多彩なかたちはどこから発想するのでしょうか?

それは僕がモダニズムの洗礼を受けていないところからくるのかもしれません。これまでいろいろな都市を見て、それぞれの面白さを知り、建築はすごく多様だと思っています。

もちろん自分がこうしたいという空間はありますが、建築は建て主と一緒につくっていくものです。ROKIも最初に敷地に立ったときに周囲の環境を読み取り、社長やエンジニアと何度も打ち合わせをして概念をつくり、対話の中から建築ができていきました。界面科学をコア技術とした会社の研究施設「NICCA INNOVATION CENTER」(2017)は、柱の位置や視線をどう通すかに配慮するとともに、繊維を織り込むイメージを表現しています。奈良市に建つ「大和ハウスグループ みらい価値共創センター」(2021)の外壁には、平城京の遺跡から出てきた土を使っています。遺跡がとても有機的なのでインスピレーションを受けました。

かたちが立ち現れるまでには時間がかかりますが、そういうものが出てくるといいなといつも思っています。

「大和ハウスグループ みらい価値共創センター」

「大和ハウスグループ みらい価値共創センター」

撮影:楠瀬友将

「NICCA INNOVATION CENTER」

「NICCA INNOVATION CENTER」

撮影:新井隆弘写真事務所

——ご自身の建築について意識していることを教えて下さい。

自然の素晴らしさや世界の多様性、そして人間が中心にいることを感じさせる建築とは何かということを常に意識しています。

建築は「人間が覆われる」ということが重要だと思っています。屋根は覆うものであり、そこから光が入り、雨の音が聞こえます。屋根と柱の中にふっと入るだけで人が健やかになり、気持ちよく風が流れる。そういう居心地の良い建築をつくりたいと思っています。

建築はロジカルにできる部分もたくさんありますが、そうではない人間の感覚や感性、自然との関わり、そういうところからできていきます。単に環境のことだけを考えてデザインすると機械的なものになってしまいますが、そこに感情をのせることで、求められる建築ができると、すごくいいなと思います。

そこに至るまでは悩みの連続です。建築は失敗してもつくりかえることはできないので、スタディを何度も繰り返して検討します。最初のインスピレーションが、もう1度かたちとして鮮明に現れ、これでいいよね、とみんなで合意していくこともあります。

真っさらなところから始めて、キャッチボールではなく、セッションしながらいいものをつくり上げていくことにつなげたいです。

僕に依頼してくださる方は、打ち合わせの場でどんどんアイデアを出して、一緒にセッションして建築をつくり上げることを期待していると思います。

——ありがとうございました。

小堀哲夫(こぼり・てつお)

1971年岐阜県生まれ。1997年法政大学大学院工学研究科建設工学専攻修士課程(陣内秀信研究室)修了後、久米設計に入社。2008年小堀哲夫建築設計事務所設立。法政大学教授。
2017年「ROKI Global Innovation Center」で日本建築学会賞、JIA日本建築大賞を受賞。2019年に「NICCA INNOVATION CENTER」で2度目のJIA日本建築大賞を受賞。